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エッセイ応募

2月28日(土)
昨年末、本屋さんで立ち読みしていた着物雑誌に
「着物に関するエッセイ」募集があった。
実は、私は昔からエッセイ募集に目がない。
ほとんど日の目を見たことはないが。
しかし遠い日・・・私の憧れの作家「開高健」に辛口の質問をする
雑誌コーナーで私の質問が採用されたことがある。
そのコーナーをまとめて本が出版されたが、
私の部分もちゃんと掲載されていた。
数少ない、いい思い出である。

さて、その着物エッセイに応募した、
私の着物に対する思いである。
このたび、「残念ながら・・・」落選の報が届いたので
せめてブログにて。
とらぬ狸の皮算用・・・・で賞品の京都手描友禅の反物は幻に消えた。
しかしその賞品授与のために京都までの往復の費用・
反物の仕立て代、裏地代など
だいたい5万円ほどかかると思われていたので、
良しとしよう(負け惜しみ)

        「母からのメッセージ」

母は着物が好きな人だった。
六十六才で肺がんのため他界。
母の葬儀のため実家で喪服を探していた私たち姉妹は、驚いた。
母が喪服用の長襦袢に半襟をつけておいてくれたのだ。
死を覚悟した母が、最後の入院前に、
不甲斐ない娘たちのためにしてくれたことだった。
長く裏千家茶道をし、凛として自分を貫いた母である。

母の死から、十年がたった。この間転勤族だったこともあり、
母の残した着物は実家に放置したままだった。
一昨年父が亡くなった時に、こわごわ箪笥を覗いてみると、
喪服すべてがカビていた。
顔面蒼白である。結局父の葬儀では貸衣装を借りるという体たらくだ。
母が大切にしてきた着物の存在が私に重くのしかかる。
「すべてを見ないで処分してしまいたい。」そんな衝動にもかられた。
そこに着物を売りに出す誘いがあった。
これ幸いと、私は母の着物全部に目を通し
二十枚ほどを古着屋に送った。意外にも、喪服以外にカビは無かった。
母の管理がよかったのか十年の放置に耐えていたのだ。

ところがその時に何かの力が働いて、私にスイッチが入った。
着物を着よう。そのスイッチだ。すぐに着付けを習いに行く。
二十代で茶道をしていた私は、帯結びを集中的に習っただけで、
すぐに自分で着られるようになった。母が乗り移ったのかと思ったくらいだ。
なぜあんなにハードルが高かったのだろう。その後母の着物を虫干し、
着物に命を吹き返させた。古着屋からも着物を取戻した。
母が大切にしてきた着物に触れていると、母と対話しているようである。
着物の中から母のメモも見つかる。
「この着物に帯は何でもあいますよ」明らかに私へのメッセージだ。

いきなり着物着たい症候群にかかったのは、母の不思議な力か、
DNAのなせるわざか、時代の流れか。
母の意に沿わずジャズダンス三昧で五十代を迎えた私は、
母を感じながら、自分らしい着物ライフを過ごしてゆきたい。
(800字)

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Commented by ぷー at 2009-03-01 09:05 x
とても素晴らしい、 お母様の着物についてのエッセー。 草の花さんも文才に拍手です。
私も母が残した着物の処分には、 困りました。 葬儀の後で親しい方には形見分けをし、 残りの着物は全て東京に持ち帰り、 未だに香里の中です。 帯は汚れがひどくどうにもなりません。 でも捨てられません。
中に私の覚えている母の大好きな着物がありました。 それを解き、綺麗に洗い、 フード付きのスプリングコートに仕上げました。 表地は黒の紳士用の無地の紋付きを使い、 母の着物をリバーシブルのように使いました。 このコートを着ると、 母に包まれているような気がします。 
Commented by kusanohana-nonchi at 2009-03-02 10:29
ぷーさま
去年お会いした時に、そのコートを見せていただいたと思います。
それは、ぷーさまにしかできない、すばらしい作業です。たまにしか着ない着物より、いつも身につけられるコートというのは、最善の策だと思います。汚れのひどい帯・・・ほどいて記念キルトなど製作されませんか?
by kusanohana-nonchi | 2009-02-28 23:56 | 着物 | Comments(2)