母を想う
2009年 09月 24日今日は、母の命日だった。
11年前、1998年の9月24日に亡くなった。
生きていれば、今年は77才・・・
父が母のために建てた、お墓には
「想う」と父の字で彫りこまれている。
一目でわかる父の字だ。想う という字を一生懸命練習していた。
母亡き後、父は、そんなことに夢中にでもならないと
生きていけなかったことだろう。
早世したので良き思い出しかなく、
その思い出も美化される傾向にあるわけだが、
残された我々姉妹、自分たちの行く末が心配になってくる。
このままの生き方で、母のような年の重ね方ができるのか?と。
母を知る人からは、「おかあさん、おきれいでしたよね。」
と言われることが多いが、
着物を着こなすようになってからは、
確かにきれいだったなぁ・・とは思う。
果たして、私なき後、私はどう評価されるのか??
ああ、心配。
母の生き方で確かだったのは、
自分のできることだけを、きちっと、静かに、やり遂げたということ。
一つも欲張らず、必要以上に自分を大きく見せることもなく、
ただ、自分らしく、自分以外の何者でもなく、生きた。
私にはない、静けさだ・・・・・
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日々の幸せに感謝です。
一日を自分なりに一生懸命に過ごせば、 それで良いのだと思います。
↑の方のコメントにあるように、 日々の幸せに本当に感謝ですね。
今の私でいい・・・なんて、褒め上手なお言葉でしょう!
いえいえ、ホントがさがさ生きてるんですよ、私。
でもどんな自分も受け入れるしかないでしょうね。
自分なりに、自分らしく・精一杯・・ね。