昔がたり~小樽~

2月9日(水)
昨日、札幌から無事、帰宅。

小樽に1泊・札幌に2泊の行程だった。
札幌は噂どおり、道が凍っていたが
そのこわさは想像以上だった。
車道から、歩道まで、全部磨かれたようにつるつる・・・
私は靴の裏にゴム製のすべり止めをつけて対応し、
へっぴり腰でそろそろ歩いたので、すべってころばずに
日程をこなせた。やれやれ。
氷点下5度、6度は、万全な防寒でも、やはり寒い。
ところが、建物は、日本中同じように暖房がきいているので
そのギャップに対応するのが大変なんだなぁ・・・
貼るカイロ・ヒートテックの下着・フリースなど着れるだけ着こんでいるのもだがら
暖房の部屋に入ると、気持ちが悪くなるほど暑い。
ここんところ、どう対処したらいいのでしょ。

さて、昔がたりというのが当てはまるかどうかわからないけれど、
亡き母から聞いたその話。
昔は誰でもそうだったのか、母は自分の周りに起こったいろいろなことを
繰り返し、繰り返し、話してくれた。
同じ話だから、組み立ても、話言葉もほぼ同じである。
今だったら「その話、もう聞いた。」と横から口が入りそうだけれど
私は何度も聞いていた。

その1つに、母の生まれがある。
祖父が大正時代、日本銀行の小樽支店に勤務していて
母と叔母は小樽生まれなのだ。
銀行のあった地名、社宅があった地名なども
小さい時から聞いていたので、
うろ覚えでも口から出てくる。
5日、小樽にて、その地名の場所を尋ね歩いた。

なんと、ほんとうに、日本銀行の社宅が、まだ存在してのだ!
その地名はとみおかちょうと言った。
小樽は海に面しているが、背後に急な斜面があると聞いていた。
小樽のぶらぶら散歩道という地図で、その山側を歩いてみた。
その富岡町という地名は母から聞いていたものだ。
そのあたりを歩いているだけでも満足していたが
新聞配達をする親切な方に、一応聞いてみたところ
社宅はまだある、とその場所を教えてくれた。

雪深い中、今は使われていない社宅は雪で半分覆われていた。
日本銀行は、小樽から札幌に移転しているため
銀行の建物は、記念館になり
社宅は売りに出されている。
建物は当然建て直されているが、
まさしく、その場所に母たちは住んでいたわけだ。

昭和の初め、
ニシン漁や交易で栄えていた小樽は、
北のウォール街と言われ、大手の銀行がたくさんあった。
ほんとうに、古い、立派は銀行の建物が、たくさん残っている。
昭和の初めの小樽に生活していた、
祖父、祖母(会ったことはない)たち家族が
どういう風にここで暮らしていたのか・・・
どういう景色を見て生活してたのか・・・
思いを馳せてみた。

小樽駅から船見坂を上る(すごい急坂)
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雪で覆われた支店長宅(祖父は支店長ではない)
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こちらは鉄筋のアパート
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古い手紙を探せば、この住所で出てくるのかも・・・
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日本銀行。大きすぎて全部写せなかった
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by kusanohana-nonchi | 2011-02-09 07:47 | | Comments(0)