長崎五島列島 野崎島訪問記

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今年5月に訪れた野首教会。
そして10月にはステンドグラスキルト
製作。

野首教会はユネスコの世界文化遺産への申請中である「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」のひとつです。無人島の野崎島にあります。


長崎県西にある
五島列島
小値賀(おじか)町は北の方の島
九十九島の左側にある
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小値賀町地図
右側の大きい島が野崎島
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野崎島は長崎五島列島 小値賀町(おじかまち)にあり、その島にアクセスする困難さについて、今語ろうとまとめました。野崎島は現在無人島ですが1990年代まで集落がありました。その昔、キリスト教が弾圧されて長崎県本土から逃れてきたキリシタンが潜伏していた島であり明治になって禁教が解かれた後、1908年(明治41年)野首地区に建てられたのが野首教会です。1950年代の最盛期で島の3部落に650人が暮らしていたとのこと。
長崎市、平戸市、五島市(五島列島)などを訪問するとわかるのですがキリシタンが移り住むことは地元民にとっては迷惑な話だったわけで、だいたいが地元の人とは交流を避け、辺鄙な隠れるような場所に住んでいたそうです。
野崎島も3集落はいずれも海からのアクセスのみ。要するに島の中に特に道もないのです。

野首教会は今は教会としては機能していないので「旧 野首教会」と呼びます。

現在では小値賀町(おじかまち)の町営船が一日一現往復するのみ。
行きは7:45  帰りは15:30
職員も一緒に船に乗り、一緒に下船し、船着き場の待合室のカギを開けるところから、カギをしめて帰るまところまで一緒。

船着き場から、野首教会までは徒歩で30分ほど。途中には人の住んでいない、壊れた果てた集落跡。道は人が通れるだけの幅の道。人が住んでいないため、鹿の楽園になっています。道の両脇には鹿が何頭もいました。その他、とっても厄介な蚊とか、まむしとか、イノシシに注意、とありました。幸い、私は鹿しか会わずに、無事でした。

朝イチで教会を訪問し、その美しい姿を鑑賞。写真を撮影し、廻りをあちこち散策しましたが、果たしてそれで1時間くらい。あと、15:00出航までどうしていたのでしょう?

その教会の下の方には小学校の校舎があり、現在はそこが「自然学塾村」となっています。そこは宿泊ができる。実際一緒に乗船した女性は一人でそこに泊まるとのこと。無人島ですが、たった一人住人がいるとのこと。その自然塾村の職員です。職員と言っても、公務員的な人ではなく、偏屈なおじいさん風な人。

食材は持ち込みで、調理室でプロパンガスにより調理可。お水も出ます。ただし、ゴミはすべて持ち帰り。
私たち(私と夫)はカップラーメンを持ち込んで、お湯わかして、食べてお昼寝などして時間をつぶし、15:00まで待ちました。

さて、この日15:30に無事乗船し、出航を待っていました。ところが、まさかのハプニング。       船の錘(おもり)が港内のロープにからまり、動きがとれなくなってしまったのです。
乗客は私たち夫婦と、職員の3名。
船の乗務員が2名。あーでもない、こーでもないとやっていた乗務員と職員の3人。そのうち、身軽な職員が靴だけ脱いで泳いで島の待合室まで戻り、ナイフとかいろいろ持って泳いで戻り、船の下にもぐっていろいろやっていました。
それでもらちあかず、ようやく専門家に依頼。潜水服を来た助っ人が現れ解決するまで2時間。終わって私たちも拍手喝采。先も急がないし、命に係わる事故でもなく、能天気な2時間でした。

小値賀島の港では大ニュースかと思えば乗っているのが2名では誰の噂にも上らないらしいですな~

この日は雲一つない快晴のすばらしい一日。野崎島へのアクセスがどれほど大変かを認識すると、なお一層この日の体験は貴重な思い出となりました。


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by kusanohana-nonchi | 2017-11-12 18:11 | | Comments(0)