2017年 10月 01日 ( 1 )

先日ブログ記事
夫の状態をお話したが、
先週の伊勢志摩への旅で
とうとう「車椅子なし」へのハードルを越えた。

感慨無量だ。

夫が車椅子を使うようになってから・・・
回復の方向しか向いてはいなかったが
やはりいろいろなことがあった・・・
この2年のことだ。

夫はリハビリ病院に半年入院し
退院後の自立だけを学んで退院した。
夫は歩く訓練をしたかったのたが
日本のリハビリの考え方は
できる(残っている)機能だけ使うという考え方。方針が合わなかったのか
私は「言うことを聞かない患者」
の家族として呼び出しもされた。

夫は退院するや否や、
猛烈に活動を始めた。
リハビリ病院でいろいろなことを抑制されていた反動か!

退院して2ヶ月後、那須のペンションに行った。ペンションの凝った?造りの飾りの2段の階段を昇るのに泣いた。
砂利を敷き詰めた庭の
車椅子移動に泣いた。

退院して3ヶ月後、上高地の
平らと思われた遊歩道を
車椅子で行き、泣いた。
健常だった時、平らと思っていた道が
実は大きな石、木の根っこなどで
ぼこぼこ、がたがた。
また大きな石だらけの砂利道は
車椅子は歯が立たず、
歩くこともできなかった。
その上木道へ段差を一人で登って、
車椅子ごと後ろ向きにひっくり返った。
その時は人だかりができるほど
大勢の人が助けてくれた。

羽田から飛行機に乗るのに、
モノレール、電車も困難と思われ、
羽田まで車で私が運転した。
朝4:00出発7:00前に着いたけど。
それも凄い経験。

JRの介助は
電車の乗り降りは完璧に守られているが
真冬朝5:00代、
目の前に電車が到着して停車していたが
JRの連絡取り合いで
次の電車に乗ることが決まっていて
その電車には乗れず
極寒の中で待っていたこと・・

ざっくり思い出したこと羅列した。
車椅子使用では
思いがけない親切に出会うこともたくさん。

でも車椅子でなく
自分の足で歩めることは
感謝しかない。

ついでに。
夫のもう一つの目標
「エスカレーターに乗る」のも
今回あるきっかけでで急にできるようになった。
エスカレーターに乗れないのは
かなり不便。
(エレベーターは見つけるのが大変)

ただしエスカレーターの下りは
次の課題。

ここまでの回復はただ感謝あるのみ。
その前にこの状況に置かれ
試煉にのぞませて下さった神の配慮にも
感謝している。
それは決して負け惜しみでなく、
夫もそう感じていると言っていた。



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by kusanohana-nonchi | 2017-10-01 16:19 | 日々のつぶやき | Comments(0)