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野崎島へのアクセス

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私がどうしても行きたかったわけではありません。夫がこだわって、私のために?
ずっとずっと行き方を調べていました。

野崎島は、長崎県小値賀(おぢか)町所属。
小値賀町から一日一往復の定期船が出ている。朝7:00代に乗り、迎えには15:00。
滞在は7時間に及ぶ。

朝小値賀町から市の職員1名と一緒に船に乗り込む。彼が野崎島の港にあるインフォメーションセンターの鍵をあける。インフォメーションセンターは木の香りのする新築でトイレも超キレイ。文化的なものはここまで。

無人島なので自然の動植物がすごい、と説明があった。鹿は何百頭もいる。実際何頭にも出会った。ヌヌカというたちの悪い蚊に注意、猪に注意、マムシに注意、スズメバチに注意。一体どうやって注意すればいいのだ。

港からは簡単な舗装の道が野首教会まで続いていた。途中は廃虚と化した集落。家も潰れ、畑も多少の面影を残しつつ荒れ果てた姿。

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そして小高い丘の上に
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教会は9:00に鍵が開けられる。
一緒に来た職員の彼が開ける。

教会は近年、小値賀町に管理が移り、
補修したそうだが
今はステンドグラスも壊れ
雨戸を閉めて保護してあったため
教会内は暗い。

外は真っ青な空
真っ青な海
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さて、残りの時間は何をしていたか。

教会の下の方に
30年前に閉校になった小学校の校舎が
今は自然体験教室のようになっていて
管理人が一人いる。
あらかじめ申し込んでおく。
休憩は1000円、宿泊は3000円くらい。
食べ物はすべて持ち込み
ごみもすべて持ち帰る。
調理はできる。

他にも数人がいた。
一緒の定期便では我々の他に
女性が一人だった。
他の人たちはチャーター便で
来たのか?!(チャーター便はかなり高額)

元小学校の給食室でカップラーメンを作り食べる。半分居眠りしながら待つ。

そして3:00迎えに来た船で
その職員?彼と一緒に帰途に着いた。

が!!実は帰りにかなりエキサイトなことか起きる。

このことは次「 まさかの!!」に続く


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by kusanohana-nonchi | 2017-05-30 00:47 | | Comments(0)

野崎島の旧野首教会

長崎県の西にある五島列島。
140の島からできているらしい。
その中のひとつ野崎島は
今は人が住んでいない。
五島列島の中では上(北)にある。

細長い島に
かつては3ヵ所の集落があった。
港に近い平らな部分には
神社を中心の漁師集落だった。

そこから離れた野首集落

島の裏側になる船見集落

潜伏していた隠れキリシタンが
密かに住み始めた集落である。

その旧野首教会が
これである。
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30年ほど前に
無人になったこの島で
小高い丘の上で
この教会は海を見下ろし
存在し続けている。

島の裏側にある船見集落の教会は
数年前に朽ちてしまい、
今はかつて開拓した証
~段段畑~の面影の坂の途中に
十字架が立っているだけ。
この集落までの陸の道など、
あるのだろうか?

平成30年の世界文化遺産登録に向けて
「長崎と天草地方の
潜伏キリシタン関連遺産」として
12の構成資産のトップにも輝く教会堂である。

しかしここは何しろ無人島。
ここまでのアクセスがどれほどたいへんだったことか。

その詳細については
「野崎島へのアクセス」にて続く


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by kusanohana-nonchi | 2017-05-28 01:36 | | Comments(0)

第2回目の五島列島訪問の旅に来ています。
今フェリーの中。帰途に着きました。
まるで同じ日、1年前に第1回目の訪問をしています。

また後日まとめたいと思いますが
とりあえず美しい景色を。

港から歩いて15分、ようやく姿を現した
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野首教会
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教会から海を見下ろす
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by kusanohana-nonchi | 2017-05-27 08:34 | | Comments(0)

雲仙物見遊山

雲仙への旅は終わりました。
雲仙初日は霧雨で
右も左もわからないほどの霧に包まれていたが翌日はそれを取り戻すべくの大快晴。

車でヘアピンカーブの山道を行き、
仁田峠のロープウェイ乗り場まで。
3分の乗車で500メートル登り
後は歩けるところの展望台まで。

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普賢岳の新山が後ろ側に見える。
新山の方が少し高い。まだ瓦礫の赤い山肌。
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ミヤマキリシマ(野性のツツジのような)
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雲仙地獄
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ごく普通に見られる温泉の源泉なのだが
これがまたキリシタンの拷問に使われたという
胸痛くなる過去を持つ。
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信仰を貫いたキリシタンたちの
列福を認めるローマ教皇からの碑
どうしても呑気な物見遊山では終わらない。




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by kusanohana-nonchi | 2017-05-18 13:50 | | Comments(0)

島原の乱に思いを馳せる

島原の乱とは、授業で習って、何となく知っていることですが、改めて。


島原の乱は、江戸時代初期(1637年)に起こった日本の歴史上最大規模の一揆であり、幕末以前では最後の本格的な内戦である。島原・天草の乱、島原・天草一揆とも呼ばれる。寛永14年10月25日勃発、寛永15年2月28日終結とされている。 ウィキペディア


島原の乱の舞台となった島原市。

島原の乱でキリシタンたちが最後まで徹底交戦した原城(跡)

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北村西望氏による天草四郎の銅像

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徹底交戦で原城に立て籠り
援軍を待っていた一揆群。

キリシタンの反乱という名目だったが、
農民一揆でもあった。

立て籠った人々8000人、すべて殺され
城、城壁、すべてとともに
埋められてしまった。
島原の農民はその時、全滅し人が誰もいなくなってしまった。

その後移民政策で、あちこちから移民が。
小豆島もその一つで、
小豆島の素麺技術が伝えられ
島原も素麺が名産地。
キリシタンは一人もいなくなり、
すべて仏教徒。
すべての人がお寺の檀家となったそう。


原城の発掘はつい最近始められ
多くの人骨が見つかっている。
そのレプリカが近くの記念館にある。
まだまだ発掘は途中。


日野江城跡
日野江城は、島原の乱発生の
きっかけにもなった

有馬晴信の居城。
今ではただの緑の丘。
猪防御の柵で囲まれていた。

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雨が落ちるか落ちないか・・・の瀬戸際を
ギリギリのところで雨なしで歩く。


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殉教した人々の鎮魂のために島原カトリック教会はある。
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中原ジュリアン
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ローマに派遣された4人の少年のうちの
中原ジュリアンは
教職者となってキリシタンを
まとめてたが
弾圧により処刑されたという。

殉教したキリシタン兄弟の像。
弟の指が切り落とされたが
そのことにも果敢に向き合い
処刑されていったという。

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島原にて
弾圧されていたキリシタンを思う。



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by kusanohana-nonchi | 2017-05-12 15:52 | | Comments(0)

島原は水の郷

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島原を旅しています。

島原は水の郷であることを

この度、初めて知りました。

島原は今から200年くらい前、

雲仙普賢岳の大爆発(島原大変肥後迷惑)を機に街中のあちこちに水が湧くようになったそう。


その湧き水が水路になったり

その涌き水から池を作って庭にし、

それから家を建てたりしたという。
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水の湧いたところに池を作り

そこに家を建てたそう。

縁側から庭を見る。
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by kusanohana-nonchi | 2017-05-10 22:17 | | Comments(0)

長崎市島原市にいます。

1990年雲仙普賢岳の爆発が始まり、

火砕流によりマスコミ関係者、地元消防署員、タクシー運転手など43人が犠牲になった災害。記憶に新しいことと思います。

そして人家も多く消失、地形もすべて変え、

昭和新山が出来上がって

1996年に終焉したことを再確認したような、初めて知ったような。その時から25年が経過しているといいますが、その年月に心底驚きました。

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25年経過して緑も美しい。奥に見えるのが昭和新山。
美しい静かな景色から25年前の爆発風景は想像できない。

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土石流の被害で埋まった家々を

そのまま保存している公園。

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火砕流に襲われた小学校の廃墟遺構
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災害記憶のための施設にあった資料
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by kusanohana-nonchi | 2017-05-09 16:26 | | Comments(0)

切絵図とは古い地図のこと。
近年、古い地図片手に散策するのが大流行らしい。
その流行にまんまと乗っているのが私だ。
旅行会社の新聞広告で見つけ、行きたくてたまらなくなり、あっという間に申し込んだ。

実際に切絵図と言っても、古いコピーコピーのもので
字がよく見えず地図としてはなかなか機能していないが
実際に道はあるので、どうにかつながってはいく。

第1回目は日本橋。
日本橋から出発し、小伝馬町で終わる。
日本橋は銀座線の三越前が最寄り駅。
小伝馬町は日比谷線の小伝馬町。

全く別の存在と思っていたが
同じ地区なのだ。
実際小伝馬町は中央区ですものね。
私は職場が日本橋馬喰町で、小伝馬町はテリトリーだった。馬喰町だって、実際日本橋なのだ。

馬喰町と、日本橋の三越あたりでは全然雰囲気が違う。

狭い地域なのだが一日中歩き回り、初夏の気温も手伝って、くったくたの疲れで終わった。

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デジタルカメラで撮影したが
ブログにその写真をアップするのが
余りに困難なのに辟易した。
スマホで撮影した数枚だけを
ここに掲載します。


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by kusanohana-nonchi | 2017-05-03 16:36 | | Comments(0)

とうとう行ってきました。
勝浦のビックひな祭り。

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遠見岬(とみさき)神社

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キュステ(勝浦市芸術文化交流センター)
観客が全部お雛様

キュステにはあらゆる年代のお雛様が。
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明治後期 享保雛
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明治時代
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大正時代 御殿
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平成雛
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交差点も雛(墨名交差点)
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お寺もお雛様
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by kusanohana-nonchi | 2017-03-03 15:57 | | Comments(0)

晩秋の奈良

2016年2回目になる奈良です。
2014年に病になった記念的?場所にこだわっているのか・・

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浄瑠璃寺の塔
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元興寺の境内
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白毫寺への階段
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白毫寺境内のひなびた門
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奈良公園の鹿たち
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by kusanohana-nonchi | 2016-12-03 11:26 | | Comments(0)