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旅の興奮はもう少し続く

先日の五島列島への旅で
もうひとつ特筆すべきことがあった。

五島列島は長崎県にあるのだが
今回行く時は、羽田から福岡へスカイマークで飛び、
福岡からプロペラ機で五島列島、五島市の福江まで行った。

さて、そのスカイマークを運転していた機長が
大学の同級生だった!

いつも機長の名前とか、聞きます?
私はほとんど耳に入ったことありませんでした。
それがこの日に限って、はっきりと「機長の〇〇です」と聞こえた。
大学の同級生の〇〇くんがパイロットをしているのは知っていだ。
日本航空にいたがリストラで苦労した・・・
というような話も聞いていた。
でも、まさかねぇ・・・(○○は珍しい苗字)
夫に話しても何も反応しないし、ま、いいか。

しかし降りる時が近づくにつれ、やはり確認すべきか・・・
との葛藤が始まった。

ご存知の通り、夫は歩行に関して障害を持っているので
介助を受けている。
降りるのは一番最後だし、CAの方とも雑談とかもよくする。
今このまま降りたら、大学同級生との話題も中途半端だ。
思い切って聞いてみた
すると名簿を見せてくれた。
たぶん確かに、あの〇〇くんだろう。
でも名前まできちんと覚えていない。

飛行機を降りてから
興奮さめやらないままに、乗り換えの合間にささっと
大学クラブの仲良しライングループに送った。

あっと言う間にはちの巣をつついた騒ぎになり
とうとう本人にラインしてくれた人もいた。
ほんとに彼は福岡まで飛んでた。
言ってくれればサービスしたのに、とのことだったけど。
どうやってわかるというのだ!
あの騒ぎにより、この出会いはかなり凄いことなんだ、と
にんまりした次第。
近いうちに大学クラブの仲間と会うことになっている。
何も話すことないけど、とりあえず得意気。




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by kusanohana-nonchi | 2017-05-31 23:39 | | Comments(0)

まさかの!!

昨晩はブログ更新していて2:00になってしまい、最後のところ、もったいぶった終わり方してしまいました。大した内容でなかったら
ごめんなさいね。

さて、3:00に小値賀町の定期船が迎えに来た。市職員の彼もインフォメーションセンターの片付けをし、ゴミ袋を持って、鍵を閉め、船に乗り込む。

野崎島の船着き場の湾から出ようとした時に
異変が起きる。

干潮で水位の低くなったところで
波止場にかかっていたロープに
船のいかりがからまって、動かなくなった。

船の係員2名と朝から一緒だった市の職員が
ごそごそ相談している。
しかしただウロウロしているだけで
なかなか事が動いている感じがしない。

と!
何度も出てきた市職員の彼が
靴、靴下を脱ぎ、
頭から水をかぶって水中に飛び込んだ。

え~~~何するの?
頑張れ頑張れと運動会の応援のように
応援する。

彼は水泳の選手北島康介にもちょっと似た
好感の持てる青年だった。
野崎島のインフォメーションセンターに戻り、潜るための道具、ナイフなどを取りに行ったらしい。
船の運転士たちは結構何もしないイメージ。

彼は泳いで戻ってきた。
そして船の下に潜り、からまったロープを
切るべく頑張っている。
私はスクープ映像でもとれないかと
おろおろ。

あ~~彼がいくら頑張っても
ロープは切れなかったらしい。

ただ水の中を見ているだけ感の運転士から
ちょっとまだかかりそう・・と
正式な説明でもない呟きだけが
聞こえてくる。

プロの潜水夫を呼んだ・・・という
単語が何となく耳に入った。
待つ間、仕方なく寝てみたりして。
(この島は電波情況悪く携帯は使えなかった)

ふと気づくとプロの潜水夫が登場。
その人が潜水服を着るところから
穴があくほど見て
成り行きを見守った。

プロの潜水夫でもなかなかからまったロープは切れなかった。結局2時間。
野崎島の港湾内で立ち往生していた。

市職員の彼は
最初の潜水から陸に上がり
陸からずっと何か指図していた。
船はそんな彼を迎えに行かず
彼の靴、靴下、リュックが
私たちの目の前にあったまま
船から大きく手を振って
お別れした。
彼は一日の仕事を終え
やれやれ、というところで
思いもかけない一仕事で
疲れはてていることだろう。

地元で大きな事件にでもなっていないかな、
何か質問されたら何て答えようかな・・
なんて思いもふと頭をよぎったが
どうも、何の話題にもなっていないらしい。

交通費、片道500円はおわぴです
ということで取られなかった。


翌朝、小値賀島を出るために
港に向かうと
再び野崎島に向かう昨日の彼に会った。

激しく手を振り
昨日はお疲れ様~~とお礼を言った。

実は埼玉からの移住・・という彼は
「また小値賀島に来てくださいよ。
待ってますよ~~」と。

爽やかだったなぁ。
(結局スクープ映像は撮れませんでした)

以上がまさかの顛末でございました。
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by kusanohana-nonchi | 2017-05-30 20:56 | 「あわや!」の話シリーズ | Comments(0)

野崎島へのアクセス

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私がどうしても行きたかったわけではありません。夫がこだわって、私のために?
ずっとずっと行き方を調べていました。

野崎島は、長崎県小値賀(おぢか)町所属。
小値賀町から一日一往復の定期船が出ている。朝7:00代に乗り、迎えには15:00。
滞在は7時間に及ぶ。

朝小値賀町から市の職員1名と一緒に船に乗り込む。彼が野崎島の港にあるインフォメーションセンターの鍵をあける。インフォメーションセンターは木の香りのする新築でトイレも超キレイ。文化的なものはここまで。

無人島なので自然の動植物がすごい、と説明があった。鹿は何百頭もいる。実際何頭にも出会った。ヌヌカというたちの悪い蚊に注意、猪に注意、マムシに注意、スズメバチに注意。一体どうやって注意すればいいのだ。

港からは簡単な舗装の道が野首教会まで続いていた。途中は廃虚と化した集落。家も潰れ、畑も多少の面影を残しつつ荒れ果てた姿。

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そして小高い丘の上に
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教会は9:00に鍵が開けられる。
一緒に来た職員の彼が開ける。

教会は近年、小値賀町に管理が移り、
補修したそうだが
今はステンドグラスも壊れ
雨戸を閉めて保護してあったため
教会内は暗い。

外は真っ青な空
真っ青な海
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さて、残りの時間は何をしていたか。

教会の下の方に
30年前に閉校になった小学校の校舎が
今は自然体験教室のようになっていて
管理人が一人いる。
あらかじめ申し込んでおく。
休憩は1000円、宿泊は3000円くらい。
食べ物はすべて持ち込み
ごみもすべて持ち帰る。
調理はできる。

他にも数人がいた。
一緒の定期便では我々の他に
女性が一人だった。
他の人たちはチャーター便で
来たのか?!(チャーター便はかなり高額)

元小学校の給食室でカップラーメンを作り食べる。半分居眠りしながら待つ。

そして3:00迎えに来た船で
その職員?彼と一緒に帰途に着いた。

が!!実は帰りにかなりエキサイトなことか起きる。

このことは次「 まさかの!!」に続く


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by kusanohana-nonchi | 2017-05-30 00:47 | | Comments(0)

野崎島の旧野首教会

長崎県の西にある五島列島。
140の島からできているらしい。
その中のひとつ野崎島は
今は人が住んでいない。
五島列島の中では上(北)にある。

細長い島に
かつては3ヵ所の集落があった。
港に近い平らな部分には
神社を中心の漁師集落だった。

そこから離れた野首集落

島の裏側になる船見集落

潜伏していた隠れキリシタンが
密かに住み始めた集落である。

その旧野首教会が
これである。
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30年ほど前に
無人になったこの島で
小高い丘の上で
この教会は海を見下ろし
存在し続けている。

島の裏側にある船見集落の教会は
数年前に朽ちてしまい、
今はかつて開拓した証
~段段畑~の面影の坂の途中に
十字架が立っているだけ。
この集落までの陸の道など、
あるのだろうか?

平成30年の世界文化遺産登録に向けて
「長崎と天草地方の
潜伏キリシタン関連遺産」として
12の構成資産のトップにも輝く教会堂である。

しかしここは何しろ無人島。
ここまでのアクセスがどれほどたいへんだったことか。

その詳細については
「野崎島へのアクセス」にて続く


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by kusanohana-nonchi | 2017-05-28 01:36 | | Comments(0)

第2回目の五島列島訪問の旅に来ています。
今フェリーの中。帰途に着きました。
まるで同じ日、1年前に第1回目の訪問をしています。

また後日まとめたいと思いますが
とりあえず美しい景色を。

港から歩いて15分、ようやく姿を現した
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野首教会
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教会から海を見下ろす
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by kusanohana-nonchi | 2017-05-27 08:34 | | Comments(0)

薔薇の季節

東京深川
ショッピングモール
深川ギャザリアの庭は
薔薇が美しい。
一年に一回、この日を待って
一心不乱に咲いているみたいです。

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by kusanohana-nonchi | 2017-05-25 14:28 | 季節 のしつらい | Comments(0)

コンサート大盛況

5/21(日)に行われた
ゴスペルコンサート、大盛況のうちに終わりました。

教会の空間に100名近くの方が
来場下さったのです。

ゴスペルとは
神からのよき知らせ(福音)を知らせるという
使命があります。
でも
いつも一緒にゴスペル歌っている仲間へも
そうでなくてゴスペル大好きな人へも
ただ楽しいだけでないゴスペルの意義、
神からのメッセージを
シンガー・ソングライターのKUZUHA
(葛葉美奈子)さんは
がんがん迫ってくれました。

ほぼKUZUHAさんのオリジナル曲
あと讃美歌アレンジ

私はCDで聞いているはずなのに
コンサート中、理由わからないけど涙が・・

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CD~野の花のように~

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プログラム、私作りました。
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by kusanohana-nonchi | 2017-05-23 06:40 | カルチャー | Comments(0)

今度の日曜、午後2時から
ゴスペルコンサートあります。
私のゴスペルクワヤイヤの指導者、
葛葉美奈子さんをお迎えします。
ただ今準備たけなわ中。
このポスター私制作です。

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by kusanohana-nonchi | 2017-05-18 14:19 | カルチャー | Comments(0)

雲仙物見遊山

雲仙への旅は終わりました。
雲仙初日は霧雨で
右も左もわからないほどの霧に包まれていたが翌日はそれを取り戻すべくの大快晴。

車でヘアピンカーブの山道を行き、
仁田峠のロープウェイ乗り場まで。
3分の乗車で500メートル登り
後は歩けるところの展望台まで。

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普賢岳の新山が後ろ側に見える。
新山の方が少し高い。まだ瓦礫の赤い山肌。
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ミヤマキリシマ(野性のツツジのような)
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雲仙地獄
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ごく普通に見られる温泉の源泉なのだが
これがまたキリシタンの拷問に使われたという
胸痛くなる過去を持つ。
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信仰を貫いたキリシタンたちの
列福を認めるローマ教皇からの碑
どうしても呑気な物見遊山では終わらない。




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by kusanohana-nonchi | 2017-05-18 13:50 | | Comments(0)

島原の乱に思いを馳せる

島原の乱とは、授業で習って、何となく知っていることですが、改めて。


島原の乱は、江戸時代初期(1637年)に起こった日本の歴史上最大規模の一揆であり、幕末以前では最後の本格的な内戦である。島原・天草の乱、島原・天草一揆とも呼ばれる。寛永14年10月25日勃発、寛永15年2月28日終結とされている。 ウィキペディア


島原の乱の舞台となった島原市。

島原の乱でキリシタンたちが最後まで徹底交戦した原城(跡)

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北村西望氏による天草四郎の銅像

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徹底交戦で原城に立て籠り
援軍を待っていた一揆群。

キリシタンの反乱という名目だったが、
農民一揆でもあった。

立て籠った人々8000人、すべて殺され
城、城壁、すべてとともに
埋められてしまった。
島原の農民はその時、全滅し人が誰もいなくなってしまった。

その後移民政策で、あちこちから移民が。
小豆島もその一つで、
小豆島の素麺技術が伝えられ
島原も素麺が名産地。
キリシタンは一人もいなくなり、
すべて仏教徒。
すべての人がお寺の檀家となったそう。


原城の発掘はつい最近始められ
多くの人骨が見つかっている。
そのレプリカが近くの記念館にある。
まだまだ発掘は途中。


日野江城跡
日野江城は、島原の乱発生の
きっかけにもなった

有馬晴信の居城。
今ではただの緑の丘。
猪防御の柵で囲まれていた。

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雨が落ちるか落ちないか・・・の瀬戸際を
ギリギリのところで雨なしで歩く。


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殉教した人々の鎮魂のために島原カトリック教会はある。
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中原ジュリアン
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ローマに派遣された4人の少年のうちの
中原ジュリアンは
教職者となってキリシタンを
まとめてたが
弾圧により処刑されたという。

殉教したキリシタン兄弟の像。
弟の指が切り落とされたが
そのことにも果敢に向き合い
処刑されていったという。

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島原にて
弾圧されていたキリシタンを思う。



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by kusanohana-nonchi | 2017-05-12 15:52 | | Comments(0)