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虹の橋

17才の愛犬を看取ってほぼ1週間が
経過しました。

翌日荼毘に付し、
お骨になって二人の寝室にいます。

かんなが生き抜いたので
私もやりきった感に浸っています。

私は思いもよらず泣くことも少なく、
ただ心の中で思い出を探したり
写真や動画を見たり、
ぼんやりと時はすぎています。

かんなによって
起こされていた睡眠が
途切れなくなったため
延々と寝る私。

まずいので目覚ましかけるように
なりました。

愛犬家の間でいつも言われてもいた
亡くなることを
「虹の橋を渡る」という言い方。
これが、ある無名の方の詩から
来ていることを知りました。

今の私は
この詩が心の慰めになります。




天国の少し手前に、「虹の橋」と呼ばれている場所があります。
 
この世界で生前、誰かと寄り添い、暮らしていた動物たちは、
その命の灯が消えたとき、「虹の橋」のふもとへ行くのです。
 
そこには、草原や丘が広がっていて、
動物たちはそこで駆けまわり、
ともにじゃれあって、楽しく遊んでいます。
 
おなかいっぱいのごはんと、きれいなお水、
そして優しい太陽の日差しに溢れていて、
みんながそのあたたかな場所で、のんびりと暮らしています。
 
病気にかかっていた子も、年老いた子も、みんな元気を取り戻し、
傷の痛みに苦しんでいた子もすっかり健康なからだを取り戻し、
昔のように、そしてまるで夢のように、そこでは過ごしているのです。
 
動物たちは幸せに暮らしているのですが、
たったひとつだけ、心を満たしていないことがあります。
それは、かつて共に過ごし、愛し合い、寄り添っていた人が、
ここにいないことが、恋しくて、寂しいのです。
 
動物たちが一緒に遊んで、駆けまわっていたある日、
ある子がふっと立ち止まり、遠くを見つめていました。
その子の目は、次第にキラキラと輝きだし、よろこびで震えだします。
突然、その子は仲間から離れ、草原を飛ぶように走っていきます。
速く、速く、それはまるで風のようです。
 
その子の視線の先にいたのは、
共に過ごし、愛し合い、寄り添っていたあなたでした。
 
その子とあなたは、虹の橋のふもとで再び出会います。
あなたは、愛するわが子を抱きしめ、愛情いっぱいにふれあい、
二度と離れることはありません。
 
あなたは満面の笑みで幸せにあふれたキスを受け、
もう一度、愛するわが子を抱きしめるのです。
そして、わが子の顔をのぞきこみ、見つめあっては、語りかけます。
 
きみと別れてからの長い長い人生を、
私は一生懸命生きてきたよ。
その中で、きみを忘れたことは一度たりともなかったよ。
やっと会えたね。
 
そしてあなたたちは寄り添いあって、
共に天国へ続く虹の橋を渡っていくのです





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by kusanohana-nonchi | 2017-11-29 12:38 | ビーグル犬かんな | Comments(0)

かんな

かんなの規則正しい呼吸が
止まりました。

今朝5:30
17才命終えました。
ほんの一時間前のことです。

規則正しい呼吸に安堵したのも数分。
かんなは短く吠えました。

苦しいところはどこ?と尋ね、
さすっていると再び呼吸が整いました。
安堵して自分のベットに戻り
暫くすると、また吠える声。

もしかして、吠えるのは私を呼んでいるの?

それからずっとかんなの隣で
床の上で付き添いました。
最期まで吠えることはありませんでした。やはり私を呼んでいたのです。

体の硬直が何回か来ては
また呼吸を整え、規則正しい呼吸が。
でも決して寝ているのでなく
目はあいたままです。

最期の呼吸まですべて見届けました。
かんなの耳元で励ますこともできました。

まだ茫然としている私は
涙もあまり出てきません。
何だか苦しかった。
かんなも苦しかったでしょう。
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by kusanohana-nonchi | 2017-11-23 06:31 | ビーグル犬かんな | Comments(0)

静かな寝息

今夜中。
静かな寝息が聞こえてくる。
愛犬かんなの寝息である。

かんなの寝息が、今の私の最大の癒しになる。

かんなは5日前から
水も飲まずほぼ昏睡状態になっている。
尿も出ていない。

苦しいとワンと一声悲鳴をあげる。
昨日の午後からは体が痙攣している。
数時間前、夜8:00ころ
有り得ない形相になり
体中が硬直し、仰け反った。
もう最期だと思った。

しかし抱いているうちに
体が柔らかくなり、むしろぐったりして
落ちついた。

そして今規則正しい寝息を立て
寝ている。

このまま朝が来るのだろうか。

静かに息が途切れるのだろうか。

また苦しいと悲鳴をあげるのだろうか。

それにしても穏やかな寝息だ。

神さまがかんなの魂を取られる時が
迫っているのに
この穏やかさを、どう捕らえればいいのだろう。

とにかく私も心穏やかにして
寝よう。
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by kusanohana-nonchi | 2017-11-23 00:38 | ビーグル犬かんな | Comments(0)

恐るべしDNA

隣に住む妹の娘、私の姪は
春生まれのお花の名前S子ちゃん。
もう大人です。

さて、私はゴスペルクワイヤKSGCに属していて結構あちこちで歌っております。
ブログでは恥ずかしいので逐一報告はしておりませんが。

この間のライブの後、今度クワイヤのワークショップに参加予定の方がいらして、「どこかでお会いしたことありませんか?」と言われた。
「・・・・S子ちゃんのママかと思ったんだけどお名前違うみたいだし・・」と。
「S子ちゃん!???私の姪の名前ですけど。」

何で突然彼女の名前がここに出てくるんだ!?

みんなで落ち着いて整理してみたら、
みんな同じ幼稚園の卒園生だった。子どもたちみんな大人だし、もう疎遠になっているママたちのつながりだったのだ!

私はそこの幼稚園で子育てしていない。

そこそこの地域で
舞台で歌っている私が妹にそっくりとピンポイントで指摘されるとは。それもつき合いは数10年前というのに。

恐るべしDNA

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by kusanohana-nonchi | 2017-11-15 18:13 | 日々のつぶやき | Comments(0)

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今年5月に訪れた野首教会。
そして10月にはステンドグラスキルト
製作。

野首教会はユネスコの世界文化遺産への申請中である「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」のひとつです。無人島の野崎島にあります。


長崎県西にある
五島列島
小値賀(おじか)町は北の方の島
九十九島の左側にある
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小値賀町地図
右側の大きい島が野崎島
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野崎島は長崎五島列島 小値賀町(おじかまち)にあり、その島にアクセスする困難さについて、今語ろうとまとめました。野崎島は現在無人島ですが1990年代まで集落がありました。その昔、キリスト教が弾圧されて長崎県本土から逃れてきたキリシタンが潜伏していた島であり明治になって禁教が解かれた後、1908年(明治41年)野首地区に建てられたのが野首教会です。1950年代の最盛期で島の3部落に650人が暮らしていたとのこと。
長崎市、平戸市、五島市(五島列島)などを訪問するとわかるのですがキリシタンが移り住むことは地元民にとっては迷惑な話だったわけで、だいたいが地元の人とは交流を避け、辺鄙な隠れるような場所に住んでいたそうです。
野崎島も3集落はいずれも海からのアクセスのみ。要するに島の中に特に道もないのです。

野首教会は今は教会としては機能していないので「旧 野首教会」と呼びます。

現在では小値賀町(おじかまち)の町営船が一日一現往復するのみ。
行きは7:45  帰りは15:30
職員も一緒に船に乗り、一緒に下船し、船着き場の待合室のカギを開けるところから、カギをしめて帰るまところまで一緒。

船着き場から、野首教会までは徒歩で30分ほど。途中には人の住んでいない、壊れた果てた集落跡。道は人が通れるだけの幅の道。人が住んでいないため、鹿の楽園になっています。道の両脇には鹿が何頭もいました。その他、とっても厄介な蚊とか、まむしとか、イノシシに注意、とありました。幸い、私は鹿しか会わずに、無事でした。

朝イチで教会を訪問し、その美しい姿を鑑賞。写真を撮影し、廻りをあちこち散策しましたが、果たしてそれで1時間くらい。あと、15:00出航までどうしていたのでしょう?

その教会の下の方には小学校の校舎があり、現在はそこが「自然学塾村」となっています。そこは宿泊ができる。実際一緒に乗船した女性は一人でそこに泊まるとのこと。無人島ですが、たった一人住人がいるとのこと。その自然塾村の職員です。職員と言っても、公務員的な人ではなく、偏屈なおじいさん風な人。

食材は持ち込みで、調理室でプロパンガスにより調理可。お水も出ます。ただし、ゴミはすべて持ち帰り。
私たち(私と夫)はカップラーメンを持ち込んで、お湯わかして、食べてお昼寝などして時間をつぶし、15:00まで待ちました。

さて、この日15:30に無事乗船し、出航を待っていました。ところが、まさかのハプニング。       船の錘(おもり)が港内のロープにからまり、動きがとれなくなってしまったのです。
乗客は私たち夫婦と、職員の3名。
船の乗務員が2名。あーでもない、こーでもないとやっていた乗務員と職員の3人。そのうち、身軽な職員が靴だけ脱いで泳いで島の待合室まで戻り、ナイフとかいろいろ持って泳いで戻り、船の下にもぐっていろいろやっていました。
それでもらちあかず、ようやく専門家に依頼。潜水服を来た助っ人が現れ解決するまで2時間。終わって私たちも拍手喝采。先も急がないし、命に係わる事故でもなく、能天気な2時間でした。

小値賀島の港では大ニュースかと思えば乗っているのが2名では誰の噂にも上らないらしいですな~

この日は雲一つない快晴のすばらしい一日。野崎島へのアクセスがどれほど大変かを認識すると、なお一層この日の体験は貴重な思い出となりました。


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by kusanohana-nonchi | 2017-11-12 18:11 | | Comments(0)

ちょっと忘れていましたが
(たぶん)1月の東京ドームキルトフェスティバルで買ったボタンネックレス&ブレスレットのキット。私の保存箱に入っているのを発見。

ロウビキのような、しっかりした紐にボタンを通し、ボタン一つごとに堅結びして止めてゆく。シンプルで簡単だけれどやはりボタンの選択がむずかしいかも。

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by kusanohana-nonchi | 2017-11-05 14:28 | 手仕事日記 | Comments(0)

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愛犬ビーグルかんな、17才を迎えました。

推定1才で我が家の家族となったかんな。
機械仕掛けの人形のように、一生懸命歩いています。
外のことに興味がなく、庭1周しての匂いチェックもしなくなりました。
今年の8月9日、急性胃腸炎で生還してからは
食べるものの嗜好が全く変わりました。
固いものが食べられず、それまで1分くらいでガツガツ食べていた固いフードも
粉砕して、水分に溶かして、それでようやく食べられるように。
腎不全という病気があることがその時の血液検査でわかりました。
一日置きの点滴が必要と言われましたが積極的治療は断りました。
それでも投薬と食事療法が功を奏しているのか
元来のビーグルの強さの故か
ごはんを食べ、ウンチして、オシッコして、寝る
という生きる原則が守られていて
17才かんなはちゃんと生きています。

先日書類の整理していたら
かんなを保護して、我が家へ譲渡してくださった方のメモがでてきました。
まだびーちゃんと呼ばれていて、たくさんの犬と一緒に暮らしていた時の様子が
書いてありました。
16年前のその日に帰りたいような・・・そんな淡い思い。

一生懸命歩くかんな


今の唯一の道楽は水道から水を飲むこと


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by kusanohana-nonchi | 2017-11-03 22:40 | ビーグル犬かんな | Comments(0)

UVレジンってご存知?
ジェルネイルにも使う
透明液体を紫外線のランプに入れて
硬化させて、いろいろなものを
形作ったり、
くっつけたりして造形させる。
アクセサリーの修理や
プラスチックの接着などにも
応用できる。

1年越しくらいで
UVレジンのランプやらキットを買って
この日の来るのを楽しみにしていた。

あっという間にキット6個製作。

天然石ビジユーアクセサリー。

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by kusanohana-nonchi | 2017-11-02 14:40 | 手仕事日記 | Comments(0)