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びっくりしたぁ

びっくりしたぁーー。

先日のお昼ごはん。
取り寄せたさぬきうどん(半生)を
ぶっかけうどんで食した時のこと。

茹でて
大根おろしのせて
たっぷりの海苔とゴマ、
柑橘系(レモン汁とか)かけて
醤油をかけて、混ぜて食す。

先に食らいついていた夫が
「ガラスが入ってる」という。

は???

全く意味不明。
ふざけているのかと思ったら
ほんとに小さなガラスの破片があった。
3mmくらいの破片。
夫はその破片を取り出して
あとは完食した。

それから自分の分を恐る恐る口に運ぶと
一口目からじゃりじゃりする。
私は諦めた。残念だけど捨てよう。
何も疑わず、ほとんど噛まず
呑み込んでいる夫だから
完食したのだろう。

それから原因追求。
これでもない、あれでもない・・
すると何ということでしょう。
ゴマを入れていた小さな瓶に
亀裂が入っていたのだ!

原因がわかって
やれやれと同時に
うどんを捨てるのが惜しくなった私は
うどんを洗った。
丁寧に丁寧に。
お薬味は失ったけど、
まあ、さぬきうどんではありました。

それにしても夫の胃袋大丈夫なんだろうか?
数日を経て
元気ではあります。
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# by kusanohana-nonchi | 2026-04-19 07:23 | 日々のつぶやき | Comments(0)

「緋の河」桜木紫乃著

あるブログでこの本のことを知り
猛烈な好奇心から
すぐに読んでみた。

「緋の河」桜木紫乃著
「緋の河」桜木紫乃著_c0134850_22002816.jpg

カルーセル麻紀の評伝。
まず驚いたのは彼女の出身地が
北海道の釧路だったこと。

この2月と
去年の秋11月に釧路への旅をしているから
釧路への親しみがある。
泊まったホテルが幣舞橋の近くにあったが
彼女の家も幣舞橋の近くにあったらしい
ちなみに幣舞橋って読めます?
「ぬさまいばし」です。


カルーセル麻紀は
美しくて、時々男言葉でまくし立てる
とても楽しいキャラの芸能人として
よく知っているが、
彼女ももう80代。
先日徹子の部屋に出て
年齢らしくまっ白なヘアだった。
元気で
きれいなおばあさんになっていた

小説の中での主人公「秀男」は
生まれ落ちた時から
あのキャラクターだった。
小柄で美しい顔に生まれついたし
2つ上のお姉さんと
いつも女の子の遊びをしていた。

彼女の生き様やら
ゲイボーイの仲間たちの生き様を
小説で知る。
その生きづらさは、想像を絶する。
著者桜木さんによっても語られているが、
神様が仕上げを少し間違って作られてしまった
男色の人々。
秀男は1942年生まれだから
戦中派ということになる。
育ったのは戦後だが
ゲイボーイの先輩には
徴兵されている人もいる。
そんな時代で、
どれだけ生きにくかったことか。

たまたま多数派の方に生まれてきた者には
はかり知れない差別。
それでも強く、笑い飛ばしながら
差別をものともせずに
生きてゆく彼ら(彼女ら)に乾杯だ。

ちなみにカルーセル麻紀は
手術で完全に性転換し、
戸籍も女性に変えたのだそうだ。
その経緯については
続編「孤蝶の城」に描かれているそう。

「緋の河」とは
沈む太陽で、赤くなった釧路川か。

# by kusanohana-nonchi | 2026-04-17 21:59 | 読書日記 | Comments(0)

一期一会

昨年夏から「昭和歌謡でダンス」
というコンセプトのお稽古事を始めた。
YMCA(西城秀樹)ダンシングクィーン(ABBA)瀬戸の花嫁(小柳ルミ子)
セクシーウォーク(郷ひろみ)
どうにもとまらない(山本リンダ)などなど
懐かしの曲満載。
そしてダンスはエアロビクスに
毛が生えたくらいの簡単にできるもの。
ダンスと呼べるかなのレベル。
話題の昭和歌謡に合わせて
それで簡単に踊れるのだから
大人気なのだ。
カルチャーセンターなどでも
必ずこういうクラスがある。
そのスクールも大人気だった。
ひとつ欠点はお月謝が高いこと。
振替もできず、
週一回のレッスンで
行けない時は
ただ月謝をドブに捨てていた。

てなわけで私は7ヶ月でやめた。
楽しい世界とお別れするのは
一抹の寂しさがあったが
背に腹は代えられない。
それに簡単過ぎる振り付けにも
ちょっと飽きた。
7ヶ月の所属でも、お友達はでき、
また新しいライングループなど立ち上げた。
そのメンパーの中で
カフェをやってる方がいるので
先日ランチに行った。
すると驚く情報がもたらされた。
そのスクールが閉鎖されるという。
インストラクター不足のためだそう。
(流行りに乗って)できてから
1年くらいのシステムなので
代行のインストラクターが育っていないらしい。
もう帰る場所のなくなった
昭和歌謡ダンスグループだけど、
一期一会で知り合って、
これからもお友達は続けるであろう。

一期一会_c0134850_13190555.jpg



# by kusanohana-nonchi | 2026-04-14 13:12 | ダンス | Comments(0)

恩師の思い出

何度も話題にあげていると思うが
高校卒業50周年の同窓会幹事している。
5月開催で
実際に会っての打ち合わせも終わり
あとはラインでのやりとりで
たぶん本番迎えられそう。

しかしまた
どかんと私にお仕事がやってきた。
また恩師への電話だ。
「乾杯」の音頭の依頼だ。

電話すべき恩師は
国語の先生で中一の時の担任の先生。
懐かしさに溢れる。

その先生で思い出すのは
1970年11月の「三島由紀夫自決事件」。
市ヶ谷の自衛隊で三島由紀夫が自決した時
私は中学1年生で教室にいた。
市ヶ谷と学校は近かった
(騒動が聞こえるほど近くはないが)
その担任の先生が教室に入って来られて
「大変なことが起きました」と
そのニュースを知らせて下さった。
とにかく先生が興奮して話される
姿がありありと目に浮かぶ。
はっきり言って13才の私は
三島由紀夫って知らなかったと思う。

その後三島由紀夫の良し悪し、好き嫌いも
わからないまま結構読んだ。
結局いまだに良し悪しわかってないが。
はっきり認識しているのは
「潮騒」くらいか(大笑)

三島由紀夫の自衛隊での自決の話題になると
何年経っても
必ずその先生を思い出す。

お会いしたらこの話をしたくてたまらない。
その前にわかりやすく話せるように
ブログで整理してみた(笑)
恩師の思い出_c0134850_15054190.jpg


# by kusanohana-nonchi | 2026-04-10 14:59 | 日々のつぶやき | Comments(0)

私の叔母

私の母は昭和6年(1931)生まれ、
平成28年(1998)66才で亡くなった。
まあ、母が亡くなってから
それは長い年月が過ぎている。

ところが母と2つ違いの母の妹は
まだ健在なのだ。
昭和8年(1933)生まれだから93才か。

さらにところが。
私は母の葬儀で叔母に会って以来
一度も会っていない。
私は会いたくてたまらなかったが
叔母から「会いたくない」と言われていた。
理由は「私に会うと母を思い出すから」
だそうだ。

母と叔母はとても仲良しの姉妹だった。
私にとってもいい思い出がたくさんあった。
そして母の思い出を
たくさん語り合いたかった。
でも拒否られているから仕方ない。

そして年月はどんどん経っている。
今ホームに入っている、と
従兄弟のお嫁さんが年賀状で知らせて下さる。

93才にもなっている叔母。
母か生きていたらどんなおばあさんに
なっているのか、叔母に会ってみたい。
しかし
母の亡くなった年代にいる私が現れたら、
叔母の驚きは想像できる。
隠れて見に行きたい気持ちすらある。

そうこうしているちに
叔母の訃報が届くのか。
それを、待つだけなのか。
私の叔母_c0134850_10442733.jpg



# by kusanohana-nonchi | 2026-04-09 10:42 | 日々のつぶやき | Comments(0)