小説を書くってことは・・・
2008年 05月 02日今年に入って、なぜか読書というものから遠ざかっていた。
そんなことに気付いて、突然図書館に予約を入れた。
新聞の書評欄を見て。
旅行に出かける前に突然2冊の本の順番がやってきて
鹿児島までぶ厚い本を持参した。
2冊とも、実際に起きた事件をイメージして
人間というものを追求した小説。
「悪人」 吉田修一著
「三面記事小説」 角田光代著
この本の題名を選んだ私は知的とは言い難いが、
内容は濃かった。
小説を書くという作業は、ほんとに人間を見ることなんだなぁ・・・
としみじみ思っている。
小説などという表現を持たない人々は、自分の価値観と
自分の求めるものだけに集中していればいいが
表現する人々は、すべての現象・事象を
見つめて、その向こう側を見なくてはいけない。
その過程は楽しそうにも感じるが
自分の価値観があまりに固定化されているので
ほんとに一方的な見方しかできない。
すごいなぁ・・・人間の幅が違うなぁ・・・そんなことを思い続けている。
材料を手にしたとき、何に使うか、どうアレンジするか、って
材料の行く末に思いを巡らせ、
そして完成した作品を想像しますよね。
。。。同じなんだと思います、作家さんも、キルターさんも♪
価値観の固定化も「個性」においては重要なのでは?
その上で如何に他者も認められるか、
これができるかできないかが「個性」と「孤立」の
分かれ目なのでしょうか。。。
とても良いお話、ありがとうございました♪
そうそう・・・いろいろ考えるのです。
そう、価値観の固定化・・・各々の個性ですよね。
表現者?の末端に属する者としては絶対に必要だと思うのですよ。
自分が信じるもの、いいと思うものだけを見て行くこと。
しかし小説家というもの。
ありとあらゆる人間の真実を知ろうとするでしょう?
うんざりするような馬鹿げた生き方の人々までの
真実を探る作業が、すごいなあ・・・と感服してしまうのです。
でも、何の手段でもいい。表現したい人って私は好きです。